続・死にかけてわかったこと 2016.7.23 バイク事故翌日〜日常に戻るまでの記録
バイク事故で死にかけて、そのあとのこと。
まぁ正直、そんな面白いことはおきないので期待しないで下さい。
事故った翌日から、日常に戻るまでをただ淡々と記していきます。
なにか気づきや、役に立つことがあれば幸いです。
事故翌日(2日目)
事故当日にネットカフェで寝て起きたあと、すぐに現実が襲ってきます。
節々が痛い。動けん。
痛みでうまく歩けず、膝を引きずって歩く。
見知らぬ土地のネットカフェ。
ひとまずここからどこかへ移動しようと思ったけれど、土地勘もなければ歩くだけでしんどいので、全くもって選択肢がない。(爆)
というわけでネットカフェだろうな〜と思ってたんですが、ひとまずバイクの様子を見に行ったところ、なんとバイクが動かない。
これは参った。
ひとまず置いておき、復旧方法を調べることに。
そのためにもネットカフェ。
ここからすぐの近場にもう一つネットカフェがありました。
そっちのほうが綺麗そうだったので、気分転換に移動することに。
12時間パックで3000円とか。夜は2000円。
1日中ネカフェにいれば5000円くらいは飛んでいく計算ですね。
で、バイクの故障はJAFを呼ぶしかないと判明。
JAFのサービスを受けるのは、故障してから入ってからもOKとのこと。
とりあえずJAFの仕組みにとても詳しくなりました。笑
( JAFに安く入る方法や仕組みを軽くまとめといたので、機会があればブログにあげます。)
ネカフェでJAFへの入会を済ませます。
会員になって翌日にならないと隊員が機動することができないとのことなので、まともに歩けないしネカフェで1日を過ごす。
というわけでこの日はひたすら、PCいじってましたね。
ネカフェのパックを深夜に切り替えておやすみ。
このネカフェは、雰囲気が落ち着いていたのでリラックスして過ごせました。
事故から3日目
ようやくJAFが動いてくれることに。
バイクを置いた場所の住所を言って、機動してもらう。
バッテリー、もしくは内部に故障の可能性ありとのこと。
バイクを積み上げ、近くのバイク屋へ。
で、バイク屋によると、内部がパンクしてるらしい。
バッテリーの回復能力が下がっており、エンストを起こしやすくなってる。
というわけで一時的にバッテリーを充電してもらう。
「このまま完全に治すとすると、最大7日はかかるだろう」と言われる。
7日後に取りに来る気にはさすがになれないし、
かといって東京まで100kmある道を帰れるかどうか。。。
これは非常に悩む選択でした。選択肢は3つ。
・バイクを東京まで送ってもらう場合→約5万円くらいかかる
・バイクをここで修理してもらう場合→修理費およそ2万+7日かかるのでネカフェ滞在が必要(5000円×7)
・バイクに乗って帰る場合→途中でエンジン止まる可能性あり、その場合JAF呼ぶのは無料
ということで悩んだ結果、
超・気をつけながら、バイクに乗って帰ることにしました・・・!
気持ち的にもかなり、家に帰りたくなっているので大阪までバイク旅は今回は断念ですね・・・。
100kmなら、単純に考えて50kmで走り続ければ2時間で着く計算です。
事故直後で恐怖心がまったくない、というのは嘘になるので、できれば数日はバイクに乗りたくないという気持ちもあったのですが、仕方ないですね。
幸いだったのが、静岡からは国道246でほとんど直線ということでした。
高速ではないのでオートバイでも大丈夫です。
とはいっても周りはガンガンスピード出してるので、ちょっと怖いです...。
乗ってて思ったことですが、やはり、ものすごく怖い。事故った直後なので。
それでも途中休憩をはさみながら、ゆっくりゆっくり5時間くらいかけて、なんとか帰りました。
12時頃の出発でしたので、日が暗くなる前には家につきましたね。
家についたあとは、自宅のベットで泥のように眠ったと思います。
事故から4日目
ひと安心と言いたいところですが、ここから病院通いです^^;
近くの整形外科に行きました。
とにかく縫っている糸。これをはやくとりたい。
整形外科って、なんであんな混んでるんだろう。
恐ろしい場所だ、あそこは。もちろん老人の方が大半。
毎回2時間以上の待ち時間なので、一旦家に帰ったりしてました。笑
まだしっかりした処置はできないとのことで、
レントゲンをとって湿布と薬をもらって、家でケアする。
事故から5日目〜
ここからは、3〜4日に1回の整形外科通いです。
1週間くらいで、歩くのはだいぶ楽になりましたね。
縫っている糸が取れたのは3週間あとでした。
僕の場合は幸いの軽傷だったので、日常生活自体はすぐに送れましたが、
入院などで「ずっと病院にいなければいけない」とかは本当に辛いですよね...。
心中、心よりお察しします。
まとめ
というわけで、バイク事故の記録は、こんな感じですね。
今はもうほぼ万全で、傷として残ったのは膝のみです。
結構ひどい擦り傷もあったのですが、全部治ってくれました。
(膝はそれなりに痛々しいですが...。)
バイク事故のあとは、バイクの死亡事故のニュースなどを見ると、本当に泣けてきます。(20代女性がこけてトラックに轢かれて即死してしまったニュースがありました。)
道で死んでいる生き物を見るとそれだけで情がブワっと出てくるし、なんだか涙もろくなったように思います。
人は本当に、簡単に忘れてしまいますね。本当に。
あの痛みを。あの記憶を、想いを。
だからこそ、こうやって克明に遺します。
とにかく生きていたのだから、このあとの人生は丸々ボーナスです。
思いっきり自分らしく、やりたいことをやり、人に応えていきたい所存です。
P.S.
皆さんも何かしら、死にかけたエピソードを持っているようですね。
もしお話できる内容でしたら見に行くので、ぜひ読ませてくださいね!